「禁煙ジャーナルNo.302」 投稿レポート
(都条例の快挙)
去る6月27日、東京都は受動喫煙防止条例を制定した。それによれば、東京都内の飲食店の84%が原則禁煙とされることになった。
(国の改正健康増進法のお粗末!)
他方、7月18日に、改正健康増進法が成立したが、半数以上の飲食店が例外として喫煙できるという代物で、2020年の五輪開催国としては、罰則付きの受動喫煙防止という国際基準に大きく後れを取ったものと言わざるを得ない。
(国際基準)
世界保健機関(WHO)と国際オリンピック委員会は2010年、「たばこのない五輪」を推進することで合意している。2008年以降、北京、ソチ、リオデジャネイロなど、夏季、冬季を問わずすべての五輪開催地で罰則付きの受動喫煙防止対策が講じられてきている。わが国のこの度の受動喫煙防止を内容とした健康増進法の改訂は、国際基準から大きく後退しており、今後国際的に批判されることは必至である。
(子どもを受動喫煙から守る条例)
都議会は、この度の受動喫煙防止条例に先立ち、平成29年第3回定例会において、「東京都子どもを受動喫煙から守る条例」を制定した。この条例は、今年4月1日から施行されている。
その第1条(目的)によれば、「この条例は、子どもの生命及び健康を受動喫煙の悪影響から保護するための措置を講ずることにより、子どもの心身の健やかな成長に寄与するとともに、現在及び将来の都民の健康で快適な生活の維持を図ることを目的とする」としている。
そのうえで、「家庭等における受動喫煙防止等」(第6条)の他、「自動車内における喫煙制限」(第8条)、「公園等における受動喫煙防止」(第9条)など子どもが受動喫煙の被害を受けやすい場所を掲げて注意を喚起するという配慮の行き届いた内容となっている。
(自民党タバコ族議員の反撃に屈した)
他方、この度の国の「改正健康増進法」では、子どもを受動喫煙から守ろうという視点は、残念ながら希薄、否皆無である。
その「改正健康増進法」の内容が、国際基準から大きく後退しているのは、たばこ産業へのダメージを少しでも食い止め、その延命を図ろうという、自民党のタバコ族議員の反撃によって、当初の厚生省案が“骨抜き”にされた結果であったと言わなければならない。
(法は家庭に入らずは誤り!)
この度の「東京都子どもを受動喫煙から守る条例」に対して、「法は家庭に入らず」というローマ法以来の法格言を持ち出して批判する向きもあるが、この議論には、受動喫煙の害についての無理解がある。
東海大学の玉巻弘光名誉教授(行政法)によれば、「家庭での喫煙が健康被害の問題として、どれほど見過ごせないものかという内容の検証は十分とは言い難い」としたうえで、「条例案で想定される『違反』を確認するには、日常的に他人がその家庭を監視しなければならず、家庭のプライバシー保障の面で問題があると思う」として、「一般市民を監視して、権力へ『通報』することが普通とみなされる社会は恐ろしい」と語っている(2017年8月13日東京新聞)。
教授の、権力の過剰適用を懸念する一般論は理解できるが、受動喫煙から子どもを守る条例に対する批判は疑問である。
教授は、「家庭での喫煙が健康被害の問題として、どれほど見過ごせないものかという内容の検証は十分とは言い難い」などというが、家庭での喫煙が、どれほど深刻な害を子どもたちに与えているかの検証は、国際的に信頼に値する重要なデータが積み重ねられている。教授は、これらのデータを知らないか無視しているかのどちらかではないか。
以下具体的に“検証”する。
(受動喫煙被害の国際的調査報告)
平山雄博士が、9万1540人の喫煙しない40歳以上の妻を、1966年~1979年の14年間にわたって追跡調査し、夫の喫煙と妻の肺がん罹患との関係を報告している(1981年発表)。同調査によると、夫が1日20本以上喫煙している場合、妻が喫煙していなくとも、夫が喫煙しない場合と比べて、肺がんにかかる確率が2・08倍も高くなることを明らかにした。肺がんだけでなく、COPD(慢性閉塞性肺疾患)や喘息なども似たような傾向のあることが報告されている。平山博士の報告は、受動喫煙の有害性を明らかにした世界で初めてのものであり、その後のWHOをはじめ、世界各国の受動喫煙対策に大きな影響を与えた。
(乳児突然死症候群の日米の調査報告)
元気だった乳児が、ある日突然死ぬ、乳児突然死症候群(SIDS)の原因の一つに、父親と母親の喫煙が関係しているとする日・米の調査報告がある。
「乳幼児死亡の防止に関する研究班」(主任研究者・田中哲郎国立公衆研究院母子保健学部長)が、1996年1月から1997年6月までの間に突然死した乳幼児837人を実態調査した研究報告によると、父親と母親が喫煙する場合の赤ちゃんの突然死は、喫煙者のいない家庭と比較して4・7倍も高い、との報告である。
(母親の喫煙と乳児の突然死に関係あり)
母親の喫煙が、乳児の突然死に関係ありとする、ペンシルベニア州立医大のR・L・ナイ博士の報告とワシントン大学小児センターのA・B・バーグマン博士らの乳児の突然死の調査報告が、既に1976年になされている。バーグマン博士は、「おなかの中にいるときや生まれたばかりの赤ちゃんの呼吸器が、母親の喫煙によるニコチンや一酸化炭素の障害を受け、突然死の下地を作るのではないか」と分析している(詳しくは、1977年7月18日朝日新聞)。
(乳幼児突然死症候群の厚労省調査)
また、平成28年8月に厚生労働省「喫煙の健康影響に関する検討会」の報告書(通称たばこ白書)が15年ぶりに改訂された。国内外の論文1600件ほどが解析され、体内10ヵ所のがん発生を含めた22種類の病気・病態と、喫煙との因果関係が「確実」とされた。同時に、6つの病気・病態と受動喫煙の因果関係も「確実」とされ、「乳幼児突然死症候群」も含まれている。
(家庭内喫煙は児童虐待や家庭内暴力と同じ不法行為である)
家庭の中で犯罪が疑われる場合、例えば、夫婦、親子の中の諍いが高じて傷害あるいは殺人事件に発展するような場合に、警察権力が家庭の中に入る(法が家庭の中に入る)ことを疑う者はいないであろう。現在の我が国において、夫の妻に対するDV(逆のメースもあり)については、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(平成13年 通称、DV防止法)が、親の子に対する暴力や虐待については、「児童虐待の防止等に関する法」(平成12年)が制定されている。これらの場合、法が家庭の中に入るのであり、これが正当であるとすれば、乳幼児をはじめとする子供たちの生命を奪いかねない家庭内の喫煙を、条例又は法律で規制するということは、児童虐待と同等に認められて当然ではなかろうか。
既に海外では、複数の国々で自家用車のようなプライベート空間においても、子どもが同乗する場合には喫煙を禁止する罰則付きの法規制が施行されている。
この度の都条例は、あくまでも、子どもたちの健康保護という視点での啓蒙の意味を込めた内容に留まる。教授の「権力へ通報することが普通とみなされる社会は恐ろしい」という一般論はとにかく、この度の条例に対する批判として、その様な議論を持ち出すのは、受動喫煙の深刻な被害に対する無理解によるものと言わざるを得ず、批判は当たらないというべきである。