三浦綾子著「氷点」(上・下・続)(角川文庫)
この小説は、愛と罪と赦しをテーマにした著者の代表作である。
辻口病院長夫人・夏枝が青年医師・村井と逢い引きしている間に、3歳の娘ルリ子が殺害された。夫辻口は妻への復讐心から、極秘に犯人の娘・陽子を、妻夏枝に育てさせることを画策する。
何も知らない夏枝と長男・徹に愛され、すくすくと育つ陽子であった。ところが、夏枝は、夫辻口が友人高木に宛てた手紙の下書きを、偶々目にしてしまう。その中に書かれていた内容に夏枝は驚愕する。辻口の、妻から裏切られた思いや陽子がルリ子を殺した犯人の娘であること、などを書き綴った手紙であった。夏枝は、激しい憎しみと苦しさから、それまでかわいがっていた陽子を殺そうとその喉に手をかけた―。
兄・徹は陽子に愛情をそそぐが、思いを自制するために友人・北原に陽子を紹介する。北原と陽子は心を通わせる。これを見た夏枝は複雑な嫉妬心から、2人に陽子の出生の秘密をぶちまけてしまう。
ルリ子を殺した犯人の娘であることを知らされた陽子は、その夜、父辻口と母夏枝、友人北原、兄徹に遺書を書いて、ルリ子が殺された同じ川原で自殺を図る。何が、陽子を自殺へと追いやったのか。
小説は一気にクライマックスへ。
陽子の遺書は涙なくして読めない。遺書の全文は本に譲るとして、次の抜粋のみ紹介する。
「自分さえ正しければ、私はたとえ貧しかろうと、人に悪口を言われようと、意地悪くいじめられようと、胸をはって生きて行ける強い人間でした。そんなことで損なわれることのない人間でした。何故なら、それは自分のソトのことですから。
しかし、自分の中の罪の可能性を見出した私は、生きる望みを失いました。私の心は凍えてしまいました。陽子の氷点は、「お前は罪人の子だ」というところにあったのです。
おとうさん、おかあさん、どうかルリ子姉さんを殺した父をおゆるし下さい。
では、くれぐれもお体をお大事になさって下さい。陽子は、これからあのルリ子姉さんが、私の父に殺された川原で薬を飲みます。
昨夜の雪がやんで、寒いですけれど、静かな朝が参りました。私のような罪の中に生まれたものが死ぬには、もったいないような、きよらかな朝です。
何だか、私は今までこんなに素直に、こんなにへりくだった気持になったことがないように思います。
陽子
おとうさま
おかあさま 」
氷点続上
その氷点続上で、心を打たれた一文がある。
「一生を終えてのちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである」
著者は、旅先から父辻口に宛てて書いた手紙の中で、このジェラール・シャンドリという人の言葉を、陽子に語らせている。
手紙の文章は続く。
「おとうさん、陽子にはまだ生きる目的もよくわかりませんし、人生の何たるかも知りません。でも、ジェラール・シャンドリの言葉によって、何か一条の光が胸にさしこんだような気がします。他の人には何の価値ももたらさない生き方と、そうでない生き方、そんなことも考えさせられました。
とにかく、どんな風に自分の歩みが変わるかわかりませんけれど、陽子はようやく、自覚的に足を一歩踏出そうとしているのです。…」
電車の中、喫茶店などで、上・下・続の3冊を1週間ほどで一気に読み終えたが、度々感涙に咽んだ。
冒頭に、「愛と罪と赦しをテーマ」にした小説と紹介したが、非常に深い内容で読み応えのある小説である。