2018年8月16日木曜日

書評 林秀彦著「日本人はこうして奴隷になった」


書評

林秀彦著「日本人はこうして奴隷になった」(成甲書房)

 

「臨終に際し、私はドイツ国民のとんでもない馬鹿さ加減を軽蔑し、その国民の一人であることを恥じていると告白する」

                 ショーペンハウエル

  (林秀彦「日本人はこうして奴隷になった」42頁)

 

「虎が虎以外になることはできず、非・虎化することはできない。しかし、人間は、ひっきりなしに非人間化する危険に曝されながら生きている」(芸術の非人間化)

    スペインの哲学者オルテガ(1883~1955)

    (林秀彦「日本人はこうして奴隷になった」49頁)

 

シェイクスピア「ハムレット」より

 なんたる傑作であることか、人間というものは!

 なんと気高き理性を持つことか!

 なんとその能力の無限なることよ!

 姿も動作も!

 表現、行動の見事さ!

 理解力は天使に近く、神に似る!

 世界の美がそこにある!

 生きとし生けるものの手本!

 

 (林秀彦「日本人はこうして奴隷になった」51頁)

  「シェイクスピアは日本人を見たことがなかった」

  「何たる愚作であることか、日本人というものは。

  理性など片鱗だに持たず、能力は金儲けと鵜呑みのみ。

  姿も動作もだらしなく覇気を失い、

  表現はテレビお笑い番組の丸写し、

  行動は優柔不断、付和雷同、

  理解力は保育園どまり。

  世界の醜さがそこにある

  養豚場の手本!」

 

林秀彦先生の厳しい日本人評は、最近の日本の政治家をみていて実感する。嘘を平気で言い、悪びれた様子は全く感じられない!その様な政治家の姿を見せられていると、「なんと気高き理性を持つことか!」という人間礼賛のシェイクスピアの言葉がむなしく響く。

「シェイクスピアは日本人を見たことがなかった」という林先生の慨嘆は、自虐的と言えなくもないが、特に最近の日本の政治家の醜態を連日見せつけられていると、さもありなん!と“納得”させられてしまう。

何といってもひどいのは、数年前の、安倍首相のオリンピック招致の国際会議での演説である。彼は、福島原発事故による放射能汚染について、under controlと国際社会に向けて大嘘をついた。試みに、「アベの嘘」とネットにインプットすると、何十とういう安倍首相の嘘が紹介されている!

浜矩子同志社大学教授は、2018年8月12日の東京新聞「時代を読む」の中で、旧約聖書の中の「格言の書」から、次の言葉を紹介する。「智恵ある人の舌は知識をあふれだし、愚か者の口は愚かさを吐き出す」

さもありなん!

2018年8月12日日曜日

受動喫煙は、子どもたちの命を危険に曝す“虐待”である!


 「禁煙ジャーナルNo.302」 投稿レポート

(都条例の快挙)

去る6月27日、東京都は受動喫煙防止条例を制定した。それによれば、東京都内の飲食店の84%が原則禁煙とされることになった。

(国の改正健康増進法のお粗末!)

他方、7月18日に、改正健康増進法が成立したが、半数以上の飲食店が例外として喫煙できるという代物で、2020年の五輪開催国としては、罰則付きの受動喫煙防止という国際基準に大きく後れを取ったものと言わざるを得ない。

(国際基準)

世界保健機関(WHO)と国際オリンピック委員会は2010年、「たばこのない五輪」を推進することで合意している。2008年以降、北京、ソチ、リオデジャネイロなど、夏季、冬季を問わずすべての五輪開催地で罰則付きの受動喫煙防止対策が講じられてきている。わが国のこの度の受動喫煙防止を内容とした健康増進法の改訂は、国際基準から大きく後退しており、今後国際的に批判されることは必至である。

(子どもを受動喫煙から守る条例)

 都議会は、この度の受動喫煙防止条例に先立ち、平成29年第3回定例会において、「東京都子どもを受動喫煙から守る条例」を制定した。この条例は、今年4月1日から施行されている。

 その第1条(目的)によれば、「この条例は、子どもの生命及び健康を受動喫煙の悪影響から保護するための措置を講ずることにより、子どもの心身の健やかな成長に寄与するとともに、現在及び将来の都民の健康で快適な生活の維持を図ることを目的とする」としている。

 そのうえで、「家庭等における受動喫煙防止等」(第6条)の他、「自動車内における喫煙制限」(第8条)、「公園等における受動喫煙防止」(第9条)など子どもが受動喫煙の被害を受けやすい場所を掲げて注意を喚起するという配慮の行き届いた内容となっている。 

(自民党タバコ族議員の反撃に屈した)

 他方、この度の国の「改正健康増進法」では、子どもを受動喫煙から守ろうという視点は、残念ながら希薄、否皆無である。

その「改正健康増進法」の内容が、国際基準から大きく後退しているのは、たばこ産業へのダメージを少しでも食い止め、その延命を図ろうという、自民党のタバコ族議員の反撃によって、当初の厚生省案が“骨抜き”にされた結果であったと言わなければならない。 

(法は家庭に入らずは誤り!)

この度の「東京都子どもを受動喫煙から守る条例」に対して、「法は家庭に入らず」というローマ法以来の法格言を持ち出して批判する向きもあるが、この議論には、受動喫煙の害についての無理解がある。

東海大学の玉巻弘光名誉教授(行政法)によれば、「家庭での喫煙が健康被害の問題として、どれほど見過ごせないものかという内容の検証は十分とは言い難い」としたうえで、「条例案で想定される『違反』を確認するには、日常的に他人がその家庭を監視しなければならず、家庭のプライバシー保障の面で問題があると思う」として、「一般市民を監視して、権力へ『通報』することが普通とみなされる社会は恐ろしい」と語っている(2017年8月13日東京新聞)。

教授の、権力の過剰適用を懸念する一般論は理解できるが、受動喫煙から子どもを守る条例に対する批判は疑問である。

 教授は、「家庭での喫煙が健康被害の問題として、どれほど見過ごせないものかという内容の検証は十分とは言い難い」などというが、家庭での喫煙が、どれほど深刻な害を子どもたちに与えているかの検証は、国際的に信頼に値する重要なデータが積み重ねられている。教授は、これらのデータを知らないか無視しているかのどちらかではないか。

以下具体的に“検証”する。

(受動喫煙被害の国際的調査報告)

平山雄博士が、9万1540人の喫煙しない40歳以上の妻を、1966年~1979年の14年間にわたって追跡調査し、夫の喫煙と妻の肺がん罹患との関係を報告している(1981年発表)。同調査によると、夫が1日20本以上喫煙している場合、妻が喫煙していなくとも、夫が喫煙しない場合と比べて、肺がんにかかる確率が2・08倍も高くなることを明らかにした。肺がんだけでなく、COPD(慢性閉塞性肺疾患)や喘息なども似たような傾向のあることが報告されている。平山博士の報告は、受動喫煙の有害性を明らかにした世界で初めてのものであり、その後のWHOをはじめ、世界各国の受動喫煙対策に大きな影響を与えた。

(乳児突然死症候群の日米の調査報告)

元気だった乳児が、ある日突然死ぬ、乳児突然死症候群(SIDS)の原因の一つに、父親と母親の喫煙が関係しているとする日・米の調査報告がある。

「乳幼児死亡の防止に関する研究班」(主任研究者・田中哲郎国立公衆研究院母子保健学部長)が、1996年1月から1997年6月までの間に突然死した乳幼児837人を実態調査した研究報告によると、父親と母親が喫煙する場合の赤ちゃんの突然死は、喫煙者のいない家庭と比較して4・7倍も高い、との報告である。

(母親の喫煙と乳児の突然死に関係あり)

母親の喫煙が、乳児の突然死に関係ありとする、ペンシルベニア州立医大のRL・ナイ博士の報告とワシントン大学小児センターのAB・バーグマン博士らの乳児の突然死の調査報告が、既に1976年になされている。バーグマン博士は、「おなかの中にいるときや生まれたばかりの赤ちゃんの呼吸器が、母親の喫煙によるニコチンや一酸化炭素の障害を受け、突然死の下地を作るのではないか」と分析している(詳しくは、1977年7月18日朝日新聞)。

(乳幼児突然死症候群の厚労省調査)

  また、平成288月に厚生労働省「喫煙の健康影響に関する検討会」の報告書(通称たばこ白書)が15年ぶりに改訂された。国内外の論文1600件ほどが解析され、体内10ヵ所のがん発生を含めた22種類の病気・病態と、喫煙との因果関係が「確実」とされた。同時に、6つの病気・病態と受動喫煙の因果関係も「確実」とされ、「乳幼児突然死症候群」も含まれている。

(家庭内喫煙は児童虐待や家庭内暴力と同じ不法行為である)

家庭の中で犯罪が疑われる場合、例えば、夫婦、親子の中の諍いが高じて傷害あるいは殺人事件に発展するような場合に、警察権力が家庭の中に入る(法が家庭の中に入る)ことを疑う者はいないであろう。現在の我が国において、夫の妻に対するDV(逆のメースもあり)については、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(平成13年 通称、DV防止法)が、親の子に対する暴力や虐待については、「児童虐待の防止等に関する法」(平成12年)が制定されている。これらの場合、法が家庭の中に入るのであり、これが正当であるとすれば、乳幼児をはじめとする子供たちの生命を奪いかねない家庭内の喫煙を、条例又は法律で規制するということは、児童虐待と同等に認められて当然ではなかろうか。

既に海外では、複数の国々で自家用車のようなプライベート空間においても、子どもが同乗する場合には喫煙を禁止する罰則付きの法規制が施行されている。
 
 この度の都条例は、あくまでも、子どもたちの健康保護という視点での啓蒙の意味を込めた内容に留まる。教授の「権力へ通報することが普通とみなされる社会は恐ろしい」という一般論はとにかく、この度の条例に対する批判として、その様な議論を持ち出すのは、受動喫煙の深刻な被害に対する無理解によるものと言わざるを得ず、批判は当たらないというべきである。

2018年5月5日土曜日

プロフィール


 病気という挫折から立ち直れたのは寡黙な父の“ひとこと”による

 

私が中学生の頃でした。訴訟に巻き込まれた経験のあった父が、当時の経験を語ってくれました。話の最後に、「将来は弁護士になったらどうか。困っている人の味方になれる職業として考えてごらん」と言われたのです。弁護士という職業を、その時初めて意識しました。

高校3年生の時、呼吸器系の病気に罹り、医師の誤診も重なって、病気の発見が遅くなってしまい、数ヶ月の入院を余儀なくされるという不運に見舞われました。高校卒業時、周りの同級生はみな進学したり、就職していき、私だけ一人取り残されました。人生初めての躓きでした。そんな私を救ってくれたのも、父の“ひとこと”でした。「この程度のことはどうってことはない。人生は長いのだよ」この父の一言で、私は立ち直れたと思います。

大学進学が叶ったのは21歳の春でした。父の励ましもあり、精神的に立ち直っていましたので、大学3年の頃から、司法試験をめざして勉強しました。試験には何度も跳ね返されましたが、楽天的な性格もあって、乗り越えることが出来たように思います。

 

3つの誓い

弁護士活動の中で、私は次の3つのことをモットーにして活動しています。

1、「弱者の立場に立つこと」

先ほども述べた通り、私は高校生の時に大きな病気で入院して人生の挫折を味わいましたが、そのようなときに、家族をはじめ周りの人たちに助けられました。現在の私があるのは、家族や多くの友人・知人のお陰です。いくら感謝しても感謝しきれません。

  私の弱者の立場に立つ弁護士としてのモットーは、自分自身が病気に見舞われ、ひとり取り残された青年の時の苦い体験が原点になっています。

2、社会を良くするために力を注ぐこと」

アメリカの欠陥車告発運動で有名なラルフ・ネーダー弁護士は、NGO「パブリック・シチズン」の設立者であり、消費者運動家としても知られています。アメリカの大統領選に出馬した経験もある彼は、市民(シチズン)には、社会を良くするために尽力する“パブリック・シチズン”と、自分の幸せだけを考える“プライベート・シチズン”の 2つのタイプがある、として、「世界中の国々で、”パブリック・シチズン”を増やしていこう」との呼びかけをしています。

ネーダー弁護士の呼びかけに賛同して、私も“パブリック・シチズン”を増やすべく、非喫煙者の権利擁護を目指して市民運動に力を注いできました。

3、多角的な見方をすること」

  弁護士という仕事は、多角的な見方をすることが大事と思います。例えば、子供を虐待する母親のケースなどでは、目の前に見えていることだけではなく、もう少し時間軸を長くみることも必要で,今まで見えなかった影の部分が姿を現す、ということがあります。事案の全体的な把握のためにも、多面的にみることが大切と思います。

 

これからも弁護士活動を続けていく中で、この3つのポリシーを守っていきたいと思います。

 

 ー新幹線に禁煙車両を新設・増設させるまでー

先ほど「市民運動に力を注いだ」と申し上げましたが、この活動は、元を辿れば、私の病気と大きく関係しています。

司法修習生だった頃、即日起案と言って、判決文など作成する試験の時に、教室内に灰皿が置いてあり、修習生は喫煙しながらの作業が認められていたのです。私は、事務当局へ行って、「喫煙者と一緒には作業ができませんから、廊下で課題をさせて下さい」とアピールしたのです。その発言がきっかけとなり、しばらくして司法修習生の教室内の灰皿は全て撤去されました。

また弁護士になってすぐのこと、家庭裁判所などの待合室に赤ちゃんのためのベッドが置いてあるのですが、そのベッドの隣に灰皿が置いてあったのです。そこで、家庭裁判所の総務課へ行き、「赤ちゃんのベッドの隣に灰皿とは、あまりにひどすぎないか。灰皿は撤去すべきです」と強く抗議しました。裁判所では、私の抗議を受けて、すぐに待合室内の全ての灰皿が撤去されました。

 東京地方検察庁へ行ったときにも、待合室内に灰皿が置かれていましたので、直ちに総務課へ行き、灰皿撤去を要請しました。こちらの方も、すぐに灰皿が撤去されました。

1978年、「嫌煙権確立をめざす法律家の会」を結成しました。弁護士、学者約20名のメンバーが集まりました。1980年、国・国鉄(現在の「JR」)・日本専売公社(現在の「日本たばこ産業」)を被告とし、当時の国鉄当局には半数以上の車両を禁煙車とすること、国と日本専売公社(当時)に対しては、行政怠慢による原告らの被害に対する損害の賠償を求めて、嫌煙権訴訟を提起しました。この訴訟では、16名の弁護団を結成し、私は主任弁護士として活動しました。

訴訟提起後すぐに、新幹線の一両に禁煙車が設置されました。その後、全国のすべての特急列車の禁煙車設置や全国の公共施設の分煙および禁煙化がどんどん進みました。私たちの活動によって、社会がダイナミックに変わっていく姿をこの目で見ることができました。この経験は非常に感慨深かったですし、弁護士という仕事のやりがいを改めて感じました。

 

「ごめんなさい」と「ありがとう」の“ひとこと”が、人の心を動かす。

数年前に、離婚を切り出された夫側の代理人についたことがありました。

「妻が勝手に家を出て行った」と怒りを露わにする夫。一見、妻側の身勝手な行為に見えましたが、いろいろお話を聞いていくうちに、だんだんと様々な事情が見えてきました。

実はこの夫、結婚当初、ギャンブルにハマりこみ、家庭をまるで省みなかったということがあったのです。当時は、妻が一人で幼子の面倒を看るという状態でした。時が過ぎても、妻はその時とても大変だったことが忘れられず、夫に不信感を抱き、「やっぱり一緒には生活できない」と家を飛び出したのでした。

 その事情に接して、私は、依頼者の夫に対して、身勝手だったころのことをきちんと妻に詫びるべきではないかと進言しました。

妻の行動を批判する前に、まずは夫が過去の自分の行いに対してしっかりと反省し、謝ることから始めよう、そう考えました。

私のこの進言を、夫が理解してくれました。夫は、私のアドバイスに応えて、妻に対して、「苦労をかけて申し訳なかった」と率直に謝罪しました。夫の真摯な謝罪が妻の心を動かすことになりました。

 平素の生活でも、妻の日々の家事などに対して、「ありがとう」と感謝の気持ちを表すことが結婚生活円満の“ひとこと”になると思います。

 「挑戦する姿勢」

弁護士歴40年以上になりますが、この40年の経験を経て、確かだと思うことが一つあります。それは、「挑戦する姿勢」の重要性です。

弁護士になってすぐに担当した東京高等裁判所の強姦致傷被告控訴事件(国選弁護事件)で、東京地裁の有罪判決を全面的に争い、逆転の一部無罪判決を勝ち取りました。弁護人として、犯行現場の検証を自らやり直し、警察の実況見分調書の誤りを告発したのが決め手になったと思います。

また、勝訴が難しいと言われる行政事件の「業務停止命令取消訴訟」で、全面的に勝訴を勝ち取りました(「行政関係事件訴訟」(青林出版)の第12章に裁判報告を執筆)。

そして、私生活では、昨年、[ショパン国際ピアノコンクールin Asia](東京地区、ショパニスト部門)に、ショパンのワルツ作品69の2を演奏し、Bronze Prize(銅賞)を受賞しました。オフィス内にピアノを置いて日々研鑚しています。打ち合わせの合間にショパンのワルツなど演奏することもあります。

 苦しい時は、一人で悩まず、周りを見渡してみてください。手を差し伸べてくれる人が現れるかもしれません。ただ、人からの助けを待つだけなく、自分から道を切り拓いていく積極的な姿勢が大事ではないかと思います。私は、長年の弁護士活動を通じて、様々な経験を積んできていますので、あなたのお力になれると思います。ご連絡をお待ちしています。