2013年5月29日水曜日

 本を読む(2)



和田秀樹著「東大の大罪」(朝日新聞出版社) 

 

 原発事故の後、NHKに連日のように登場し、放射能の害はたいしたことはなく、心配ないなどというコメントをしていた東大大学院工学研究科のS教授の研究室に数億円のカネが東電から流れていたことが週刊誌等で報じられると、S教授はNHKのブラウン管から消えた。
 当時、やはりそうだったのか、という落胆と怒りが生じたのを覚えている。この間の事情については、2011年4月7日の日刊ゲンダイで詳しく報じられている。
 最近、和田秀樹氏の「東大の大罪」という本に出会った。和田氏は、東大医学部出身の精神科医で、国際医療福祉大学大学院教授でもある。本の巻末で、勉強法やメンタルケアに関する著書多数と紹介されている。
 ぜひ一読をお薦めしたい本である。特に印象に残ったいくつかの文章を紹介したい。 

[一昨年(2011年)三月一一日の東日本大震災によって、福島第一原発は最悪のレベル7のメルトダウン事故を起こしました。国策として進められてきた日本の原子力発電ですが、原子炉技術者も、電力会社の上層部も、政府の委員会メンバーも―「原子力ムラ」といわれますが―その多くが東大関係者で占められていることに、あらためて驚かれた方も多いでしょう。
 いまも避難を余儀なくされている人が十六万人おり、日本の国際的信用も落としかねないこの大事故について、彼らはなんら責任を取っていません](4~5頁) 

[私自身、東大の卒業生ですから、正直に言えば母校の悪口など言いたくはありません。しかし、この国を支えるべきエリートたちの惨憺(さんたん)たる現状を見ていれば、そこに多くの人材を輩出している東大が何か病を抱えているのは間違いない。そこにメスを入れないかぎり、まともなエリートは育たず、したがって日本の将来は危ういのではないか―私には、そんなふうに思えてならないのです](7頁) 

[東大が気にしているのは、大学の「国際ランキング」です。文部科学省がこのランキングを加味して補助金の額を決めるとされているので、東大としても国際競争を意識しないわけにはいかないのでしょう](38頁) 

[では、こうした国際ランキングを上げるために、東大はどんな努力をしているのか。
 そのためには、学生の教育内容を高める必要もなければ、就職率を上げる必要もありません。東大がおもに進めているのは、研究論文の引用頻度を高めることと、留学生比率を増やすことの二つです。
 しかも前者に関しては、自分たちの論文の本数や内容を上げることではなく、外国から引き抜いた優秀な学者に論文をたくさん書かせることで高めようとしています。いずれも「外国人頼み」で、国内の東大生にとっては何のメリットもありません](39頁) 

[外国で失敗したゆとり教育を二〇年遅れで日本にもってきて、アジア最低の学力になったように、欧米で失敗した金持ち優遇税制を何十年遅れでもってきて、アジア最低の国にするつもりなのでしょうか。
 こういうことの主犯は、二〇年、三〇年前にアメリカに留学して、その後、ろくに勉強していないとしか思えない大学教授、とくに東大教授たちです。
 私の頭には、小渕内閣の経済戦略会議や小泉改革ブレーンとして新自由主義の旗振りをし、最近では「社会保障と税の一体改革」論者として消費増税にお墨付きを与え、さらには現在の安倍内閣ブレーンとしてバラマキを追認している伊藤元重教授の顔が浮かびます。今でもテレビにもよく登場しています](76頁) 

[東大の場合、教授は定年まで身分が保証されます。したがって、セクハラやパワハラなどの不祥事でも起こさないかぎり、教授になってからまったく勉強しなくても、六五歳までは定年を延長できてしまいます(逆に、ものすごく優秀でも六五歳になると東大の正教授は辞めないといけません)。それでも、東大の威光で勝手にその学問の権威と思われてしまいます。そのため、世界の新しい潮流を知らない東大教授が学会のトップに君臨し、政治家や官僚に経済政策を提言している。これでは、政策が「前例踏襲」になるのも当然です。
 しかもその提言はオリジナルな理論に基づくものではないので、失敗しても学者はさほど大きな傷を負いません](81頁) 

自分より劣った人材を教授に推薦
[では、なぜ東大は外部から優秀な学者を教授として招聘しないのでしょうか。
 それは、「教授が教授を選ぶシステム」だからです。これは、東大にかぎりません。学校教育法の定めによって、日本の大学は教授会に教授の人事権を付与しています。
 これは、はっきり言って、教授のレベルを落とすために採用された制度としか思えません。それはそうでしょう。たとえばプロ野球のドラフト会議で、誰を指名するかを現役選手に決めさせたらどうなるか。「同じポジションのほうが事情が分かるだろうから」と投手を投手に選ばせれば、自分の登板機会を奪いそうな実力のある優秀な選手を指名するわけがありません。自分より力が劣り、素直に先輩の言うことを聞きそうな従順な後輩を入れたがるでしょう](156~157頁) 

[教授会での教授選びも例外ではありません。自分の立場を守ろうと思えば、外部からグローバルな競争力を持つ学者を連れてくることなど、とんでもない話です。講師や准教授の中から、自分を乗り越えそうもない従順な手下を選んで教授にしておけば安泰です](158頁) 

[ちなみにアメリカの大学では、教授を教授会に選ばせたりはしません。教授の人事に関しては、「ディーン」と呼ばれる学部長に大きな権限が与えられています。ディーンはどんなにすごい実力を持つ教授が来ても自分の立場は脅かされないので、きちんとした基準で、自分の大学にとってメリットの大きい人材を連れてくることができるのです。
 日本もそのような人事制度に改めないかぎり、東大が世界と戦える教授陣を持つことはないでしょう。元大蔵官僚の榊原英資氏も、「教授会に人事権を与えている学校教育法の条文を撤廃しないかぎり、日本はグローバルな競争に勝てない」という意味のことをお書きになっていました。私もまったく同感です](158~159頁)